Institute of Behavior Traits 行動特性研究所

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行動特性研究所は、心のはたらきに関する心理学、脳科学、及び、認知機能等の学際的研究を目指しています。
心理学、生理学、教育学等の幅広いジャンルから最新の研究テーマや内容を分かりやすく発表されている記事を掲載いたします。
ご参考にしてください。また、ご推薦して戴ける記事が御座いましたら、当ホームページを通してご連絡いただけると幸いです。

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推薦記事① 
「生理学と心理学との垣根」  (著者)渡邊 武郎

アメリカでは,神経科学と言う名の下で,システム生理学,計算神経科学と心理学科との差がほとんどなくなってきた.私はボストン大学で心理学部と同時に神経科学部にも属している.また,心理学部と言っても,学部長は記憶の生理学者のEichenbaum 教授だし,私の研究室の隣は,神経伝達物質アセチルコリンの脳内の活動の研究を行っているHasselmo 教授がいる.私のように,動物実験をしない研究者も,ほとんどが,fMRI を使った実験を行っている.アメリカでは,心理学者,計算神経科学者,生理学者で出る研究費に大きな差はないし,心理出身者が計算モデルをつくったり,生理学実験をするためにポスドクになることが多々あるし,その反対のケースも同様に多い.生理学者,計算神経科学と心理学者の交流も非常に活発である.私自身,国立衛生研究所(NIH)や国立科学財団(NSF)の科学研究費の審査委員として,多くの生理学,計算神経科学の科学研究費の申請書を審査してきたし,生理学者,計算機科学者たちとの日常的な交流を大いに楽しませてもらっている.

では,日本ではどうだろうか?以前より隔たりがいくぶんか小さくなっていると感じられることもあるが,アメリカに比べると遥かに大きいようだ.一般的に言って,日本では,生理学者と計算機科学者は密接に情報交換をしているが,心理学者は蚊帳の外である.fMRI 等で心理学者率いる研究室が良い研究を出したと思うと,実は,共同研究者である生理学者や計算機科学者達に負うところが多かったりする.なぜだろうか?私は,日本の心理学者の責任が圧倒的に大きいと思っている.国際的な研究レベルにおける質が違う.日本のシステム生理学や計算神経科学では,世界の指導的な立場にある研究者が何人もいるのに,日本の心理学者ではごく例外を除けばほとんどいない.一番の原因は,心理学科が文学部にあることである.その結果,心理学科には科学者としての教育を受けていない学生が多く入ってくる.また,文学部には,外国の著名な人間の書いた本を翻訳するか,その人の理論を分かりやすく説明することを正当化する雰囲気が明治時代以来あることは否めない.アメリカでは,それは研究者の仕事ではなく,サイエンスジャーナリストの仕事である.文学部の他の学科ならば,学問の性質上正当化される場合があるかもしれないが,科学的方法をとる認知心理学の分野では,到底正当化できない.認知心理学は理系であり,物理学,化学,生物学と類似のコースの単位取得が要求され,心理学を専攻している学生の副専攻は,それら理科系の学問であることが多い.心理学を専攻した学生が大学院である医学部に進むことも決してめずらしくない.

こう書いていると,アメリカに住み,アメリカが一番だと考える典型の日本人のように聞こえるかもしれないが,生理学,計算神経科学とは異なり,心理学においては,アメリカが日本を圧倒的に凌駕しているのは絶対的な事実である.これは,行動レベルの分析や知見が重要であろう,日本のシステム生理学者,計算神経科学者にとって,大きなマイナスであるに違いない.では,どうすべきだろうか?一つの方法は,理系,文系の枠を超えた認知神経科学科に該当するような学科を多く作り,理系の学生が心理学を行う路をより多く開くことであろう.少数であるが,東大や京大の元教養学部,教養学科には,改組前後にそのような学科ができ理系の教育を受けた優秀な学生が排出されつつある.第二の方法は,心理学の教育を受けた研究者がシステム生理学,計算神経科学者と交流を増やして,心理学者にとって本当に何が重要なのか,どのような方法が科学的なのかに理解を深めさせ,一方,システム生理学者や,計算神経科学者も心理学的な知見を深めることであろう.そのためには,指導的な科学者の下で,心理学者が,システム生理学者,計算神経科学者と一緒に働けるような研究室を増して行くことであろう.例えば,川人光男所長率いるATR の脳情報研究所はその成功の例である.

外国にいて日本をみると,ジャーナリストのように,いろいろと批判したくなるのだが,「そういうあなたは,日本に帰って心理学を良くする努力をする気はないのですか?」と言われて,「私にはそんな力はございません.」と言ってしまう自分が世界一,腑甲斐無い心理学者かもしれない.

(出典)日本生理学会雑誌Vol. 67,No. 9 2005

推薦記事② 
「心理学と脳科学の動機づけ研究の融合」   (著者)村山 航

1.概要

本発表では,心理学の動機づけ(またはその周辺領域)研究を概観しながら,それらが脳科学の研究パラダイムにどのような影響を与えうるか(またはその逆)について,筆者自身の研究も交えて考察する.心理学の動機づけ理論というと,内発的動機づけ理論,達成目標理論,自己効力感理論,原因帰属理論,接近-回避動機理論など枚挙に暇がないが,ここではそれぞれを個別に解説することはしない.話の流れに応じて,必要な部分だけを解説していく.

2.心理学の動機づけ研究から脳科学の研究へのsuggestion

動機づけという概念は一枚岩ではない.例えば,「○○が好き」ということ1つをとっても,内発的に好きなのか,外的な報酬と連合しているから好きなのか(内発-外発の問題; Deci & Ryan, 1985)という違いがあるし,また顕在的に好きだと言っていても潜在的には好きではないかもしれない(潜在-顕在の問題; Murayama, 2008).
Hedonic value から考えると明らかにネガティブなことを,好きだといって主体的に取り組む人もいる (hedonic value と eudaimonic value; Ryan & Deci, 2001).そして,それぞれの概念に適切な指標が存在する.こうした概念の多元性は,モデルの構築や結果の解釈に大きな示唆を持つ.
もちろん概念が多元的だからといって,筆者は報酬や価値が意思決定プロセスの下流でcommon currency として一元的に変換されることを否定するつもりはない (Montague & Berns, 2002).しかし,動機づけ理論は,そうした最終的な「価値」を算出するモデルにどのような付加的なパラメータが必要なのか,ということに示唆を与えるだろう.例えば内発的動機づけ・好奇心という概念は,情報の探索行動にも何らかの主観的価値が伴っていることを示している.これは実際に近年の脳科学研究において,そのようなことを数理モデル化する試みが行われている (e.g., Daw et al., 2006).また,外的報酬が学習者の動機づけを低下させるというアンダーマイニング効果(Deci et al., 1999) の研究では,報酬が必ずしもその行動の価値を増加させない(むしろ低下させる)可能性があることを示唆している.
脳科学の研究で動機づけというと,上で述べたような「価値」の観点で論じられることが多かった (e.g., Niv et al.,2006).しかし,動機づけという概念がもつインプリケーションはそれだけではない.例えば,動機づけは,その状態によって学習(認知)プロセスと大きな交互作用を生む場合がある.action orientation という動機づけ状態は,stroop 効果を大きく低減させることが示されているし (Jostman & Koole, 2007),達成目標と記憶指標にも交互作用が得られることが示されている (Murayama, 2006).課題に直面したときに,接近・回避どちらの動機を持っているかによっても,その人の課題のパフォーマンスは大きく違ってくる (Elliot & Harackiewicz, 1996; Higgins,1997).また,動機づけは状況的なcue によって自動的に活性化し,行動に大きな影響を与えることがある.例えば,「達成」や「努力」の文字を見るだけで,知能テストの得点があがったという報告 (村山, 未発表)や,赤色を見るだけで,「赤色=赤点」のイメージによって回避動機が喚起され,知能テストの得点が低下したという知見がある (Elliot et al., 2007).15

3.脳科学の研究から心理学の動機づけ研究へのsuggestion

動機づけ概念の怖いところは,人間は実際にそのような動機づけが存在しなくても,人の行動につい動機を見てしまうことにある.上にみてきたように,人間の行動は多分に状況依存的であり,その場のcue の複数の相互作用によってphasic に発現したに過ぎないことも多い.にも関わらず,人はその行動に「動機」を付与・解釈してしまうのである (Mills, 1940).人間行動の観察に基づいて提唱された多くの動機づけ理論も,人間行動のなかに実在もしない動機づけを「捏造」している可能性がある.脳科学の方法論は,そうした動機づけの実在論に,結論を与えると言わないまでも,何らかの示唆を与えるだろう.実際のところ,心理学の動機づけ理論は,多くの似たような理論が乱立しているのが現状であり,そうした類似概念の整理に,脳科学の寄与するところは大きいと思われる.
また,脳科学による研究の発展が,これまでの動機づけ理論にはなかった新たな動機づけカテゴリを与えてくれる可能性もある.例えば Berridge による liking と wainting の区分 (e.g., Berridge, 2003) などは,これまでの心理学の動機づけ理論にはみられなかった現象の区分けであり,心理学の行動実験にも取り入れる必要性が大きいだろう.

【Questions for future research】
  • 動機づけが学習をどのように直接modulate するのか,またその神経機構の解明
  • 動機づけ概念の数理モデル化
  • 感情と動機づけが区別して概念化できるのかを検討すること

(出典)平成20 年度 生理学研究所研究会 「認知神経科学の先端 動機づけと社会性の脳内メカニズム」要旨集 ver. 2 (20080825)

推薦記事③ 
神経科学と心理学の橋渡しを目指して  カリフォルニア工科大学 出馬 圭世

この度は、日本神経科学学会奨励賞という名誉ある賞をいただき大変光栄に思っております。私はヒト特有の社会性を支える神経基盤を研究の対象としていま すが、 このような「社会神経科学 (Social Neuroscience)」という歴史の浅い分野にも関わらず評価して頂いたことに感謝するとともに、今後ともこの分野の発展に寄与できるよう頑張って いきたいと思っています。

神経科学の多くの分野では様々な動物を対象として研究が行われていますが、ヒト特有の高次な社会性を支える神経基盤を研究対象とした場合、動物実験では 限界がありますし、ヒトの社会性に対する理論的体系や知見の蓄積もありません。一方で、心理学ではそのようなヒトの社会性を研究の対象としているものの、 行動指標や心理プロセスを直接被験者に尋ねる質問紙などの内省法だけでは、ヒトの社会的行動の裏にある心理プロセスを全て明らかにすることは不可能です。
90年代よりfMRIというヒトの脳活動の非侵襲的計測法が心理学的問題にも少しずつ用いられるようになり、特に2000年に入ってから社会神経科学が盛 んになってきました。
私が大学院に進学した2004年はそういう時期であり、それ以来fMRIという手法を用いヒトの社会性に関する心理プロセスを脳の仕 組みと合わせて理解することで、神経科学と心理学は双方の限界を補い合えると考え研究を行っています。

私はヒトの社会性の中でも特に、ヒト特有の利他的行動に興味を持って研究してきました。例えば、寄付や献血、ボランティアなどの見知らぬ他者に利益を与 える行為はヒト特有であると考えられています。心理学などの社会科学の領域においては、「利他的行動を如何にして多くの人に行わせるか」や「なぜ他者に利 益を与えるという利他性が、利己的な個人が有利であるはずの自然淘汰の原理のなかで進化しうるのか」といった問題は広く研究されているテーマであり、その 中で「評判」という概念が重要だということが示されています。つまり、他者から自分のことをよく思ってもらいたいという動機が寄付などの利他的行動をとる 理由の一つということです。
博士課程として生理研に在籍中に、私はこのような社会的報酬に基づいた意思決定の神経基盤を検討し、fMRIを用いた一連の研究により、1)評判という 社会的・抽象的報酬獲得時も金銭という物質的報酬と同じく線条体が活動すること、2)他者が見ている前で寄付をするかどうかの意思決定を行う際、社会的報 酬の価値が線条体で処理されていること、3)他者が持つ自分に対する評判の表象には内側前頭前野が重要な役割を果たすこと、を見出しました。

またポスドクとして玉川大学に移動後は、社会心理学では精力的に研究されているテーマである“認知的不協和”の神経基盤を検討し、1)自分の認知(好 み)と過去の選択行動が一貫しない場合(例、好きなものを選ばなかった)に喚起される“認知的不協和”と呼ばれる不快な感情状態が前部帯状回で表象されて いること、2)その後の好み変化(例、好きなものを選ばなかった場合、それを嫌いになる)は自己報告だけでなく線条体の活動の変化としても見られることを 見出しました。

社会神経科学は、その分野架橋的な性質からまだ世界でも体系立てて学ぶことができる教育機関が少ないこともあり、私は1-3年ごとに所属の研究室を変え ながら多くの方から影響を受けてきました。修士課程は北海道大学で結城雅樹准教授に、博士課程は生理研にて定藤規弘教授に、その後ポスドクとして、玉川大 学で松元健二教授に、カリフォルニア工科大ではRalph Adolphs教授に指導して頂きました。結城教授は集団が個人に与える影響や顔表情認知に関する社会心理学・文化心理学的研究をされています。定藤教授 はfMRIを用いて脳の可塑性について研究され、さらに現在はヒトの社会性に関する研究をされています。
松元教授は刺激と反応と報酬のメカニズムについて サルを対象に電気生理的研究をされ、現在はfMRIを用いヒトの動機づけの神経基盤を研究されています。
Adolphs教授は感情について損傷患者や、心 理学的手法(質問紙・生理指標)、fMRIなどを用いて研究をされています。このように異なる背景を持った先生方から指導して頂き、そこから得た経験・知 識は間違いなく私の貴重な財産となっています。また研究の背景は異なるものの四人には共通して研究への熱い情熱があり、未熟な私が行き詰りそうになった時 にその情熱に助けられてきました。そしてこれまでの行く先々の研究室で出会った多くの先輩、同僚や後輩にも大変お世話になりました。
この場を借りて厚く御 礼申し上げます。

(出典)日本神経科学学会、日本神経科学学会奨励賞
受賞研究内容を議論する総説(Neuroscience Research掲載)
Izuma, K., 2012. The social neuroscience of reputation. Neurosci. Res. 72, 283-288.