推薦論文 ⅱ

「心理学と脳科学の動機づけ研究の融合」   

(著者)村山 航

 

1.概要

本発表では、心理学の動機づけ(またはその周辺領域)研究を概観しながら、それらが脳科学の研究パラダイムにどのような影響を与えうるか(またはその逆)について、筆者自身の研究も交えて考察する。心理学の動機づけ理論というと、内発的動機づけ理論、達成目標理論、自己効力感理論、原因帰属理論、接近-回避動機理論など枚挙に暇がないが、ここではそれぞれを個別に解説することはしない。話の流れに応じて、必要な部分だけを解説していく。

2.心理学の動機づけ研究から脳科学の研究へのsuggestion

動機づけという概念は一枚岩ではない。例えば、「○○が好き」ということ1つをとっても、内発的に好きなのか、外的な報酬と連合しているから好きなのか(内発-外発の問題; Deci & Ryan, 1985)という違いがあるし、また顕在的に好きだと言っていても潜在的には好きではないかもしれない(潜在-顕在の問題; Murayama, 2008).Hedonic value から考えると明らかにネガティブなことを、好きだといって主体的に取り組む人もいる (hedonic value と eudaimonic value; Ryan & Deci, 2001)。そして、それぞれの概念に適切な指標が存在する。こうした概念の多元性は、モデルの構築や結果の解釈に大きな示唆を持つ。

もちろん概念が多元的だからといって、筆者は報酬や価値が意思決定プロセスの下流でcommon currency として一元的に変換されることを否定するつもりはない (Montague & Berns, 2002)。しかし、動機づけ理論は、そうした最終的な「価値」を算出するモデルにどのような付加的なパラメータが必要なのか、ということに示唆を与えるだろう。例えば内発的動機づけ・好奇心という概念は、情報の探索行動にも何らかの主観的価値が伴っていることを示している。これは実際に近年の脳科学研究において、そのようなことを数理モデル化する試みが行われている (e.g., Daw et al., 2006)。また、外的報酬が学習者の動機づけを低下させるというアンダーマイニング効果(Deci et al., 1999) の研究では、報酬が必ずしもその行動の価値を増加させない(むしろ低下させる)可能性があることを示唆している。

脳科学の研究で動機づけというと、上で述べたような「価値」の観点で論じられることが多かった (e.g., Niv et al.,2006)。しかし、動機づけという概念がもつインプリケーションはそれだけではない。例えば、動機づけは、その状態によって学習(認知)プロセスと大きな交互作用を生む場合がある。action orientation という動機づけ状態は、stroop 効果を大きく低減させることが示されているし (Jostman & Koole, 2007)、達成目標と記憶指標にも交互作用が得られることが示されている (Murayama, 2006)。課題に直面したとき、,接近・回避どちらの動機を持っているかによっても、その人の課題のパフォーマンスは大きく違ってくる (Elliot & Harackiewicz, 1996; Higgins,1997)。また、動機づけは状況的なcue によって自動的に活性化し、行動に大きな影響を与えることがある。例えば、「達成」や「努力」の文字を見るだけで、知能テストの得点があがったという報告 (村山, 未発表)や、赤色を見るだけで、「赤色=赤点」のイメージによって回避動機が喚起され、知能テストの得点が低下したという知見がある (Elliot et al., 2007)。

3.脳科学の研究から心理学の動機づけ研究へのsuggestion

動機づけ概念の怖いところは、人間は実際にそのような動機づけが存在しなくても、人の行動につい動機を見てしまうことにある。上にみてきたように、人間の行動は多分に状況依存的であり、その場のcue の複数の相互作用によってphasic に発現したに過ぎないことも多い。にも関わらず、人はその行動に「動機」を付与・解釈してしまうのである (Mills, 1940)。人間行動の観察に基づいて提唱された多くの動機づけ理論も、人間行動のなかに実在もしない動機づけを「捏造」している可能性がある。脳科学の方法論は、そうした動機づけの実在論に、結論を与えると言わないまでも、何らかの示唆を与えるだろう。実際のところ、心理学の動機づけ理論は、多くの似たような理論が乱立しているのが現状であり、そうした類似概念の整理に、脳科学の寄与するところは大きいと思われる。

また、脳科学による研究の発展が、これまでの動機づけ理論にはなかった新たな動機づけカテゴリを与えてくれる可能性もある。例えば Berridge による liking と wainting の区分 (e.g., Berridge, 2003) などは、これまでの心理学の動機づけ理論にはみられなかった現象の区分けであり、心理学の行動実験にも取り入れる必要性が大きいだろう。

【Questions for future research】

  • 動機づけが学習をどのように直接modulate するのか、またその神経機構の解明。
  • 動機づけ概念の数理モデル化
  • 感情と動機づけが区別して概念化できるのかを検討すること

(出典)

平成20 年度 生理学研究所研究会

「認知神経科学の先端 動機づけと社会性の脳内メカニズム」要旨集 ver. 2 (20080825)