推薦論文ⅰ

推薦論文ⅰ

 

支援して戴いている研修者の方々から、基盤研究のヒントになる研究記事を推薦して戴きました。
心理学、生理学、教育学等の幅広いジャンルから最新の研究テーマや内容を分かりやすく発表されている記事を掲載いたします。
ご参考にしてください。また、ご推薦して戴ける記事が御座いましたら、当ホームページを通してご連絡いただけると幸いです。

 


 

「生理学と心理学との垣根」

渡 邊 武 郎

日本生理学会雑誌Vol. 67,No. 9 2005

 

アメリカでは、神経科学と言う名の下で、システム生理学,計算神経科学と心理学科との差がほとんどなくなってきた。私はボストン大学で心理学部と同時に神経科学部にも属している。また、心理学部と言っても、学部長は記憶の生理学者のEichenbaum 教授だし、私の研究室の隣は,神経伝達物質アセチルコリンの脳内の活動の研究を行っているHasselmo 教授がいる。私のように、動物実験をしない研究者も、ほとんどが、fMRI を使った実験を行っている。アメリカでは、心理学者、計算神経科学者、生理学者で出る研究費に大きな差はないし、心理出身者が計算モデルをつくったり、生理学実験をするためにポスドクになることが多々あるし、その反対のケースも同様に多い。生理学者、計算神経科学と心理学者の交流も非常に活発である。私自身、国立衛生研究所(NIH)や国立科学財団(NSF)の科学研究費の審査委員として、多くの生理学、計算神経科学の科学研究費の申請書を審査してきたし、生理学者、計算機科学者たちとの日常的な交流を大いに楽しませてもらっている。では、日本ではどうだろうか?以前より隔たりがいくぶんか小さくなっていると感じられることもあるが、アメリカに比べると遥かに大きいようだ。一般的に言って、日本では、生理学者と計算機科学者は密接に情報交換をしているが、心理学者は蚊帳の外である。fMRI 等で心理学者率いる研究室が良い研究を出したと思うと、実は、共同研究者である生理学者や計算機科学者達に負うところが多かったりする。なぜだろうか?私は、日本の心理学者の責任が圧倒的に大きいと思っている。国際的な研究レベルにおける質が違う。日本のシステム生理学や計算神経科学では、世界の指導的な立場にある研究者が何人もいるのに、日本の心理学者ではごく例外を除けばほとんどいない。一番の原因は、心理学科が文学部にあることである。その結果、心理学科には科学者としての教育を受けていない学生が多く入ってくる。また、文学部には、外国の著名な人間の書いた本を翻訳するか、その人の理論を分かりやすく説明することを正当化する雰囲気が明治時代以来あることは否めない。アメリカでは、それは研究者の仕事ではなく、サイエンスジャーナリストの仕事である。文学部の他の学科ならば、学問の性質上正当化される場合があるかもしれないが、科学的方法をとる認知心理学の分野では,到底正当化できない。認知心理学は理系であり、物理学、化学、生物学と類似のコースの単位取得が要求され、心理学を専攻している学生の副専攻は、それら理科系の学問であることが多い。心理学を専攻した学生が大学院である医学部に進むことも決してめずらしくない。

こう書いていると、アメリカに住み、アメリカが一番だと考える典型の日本人のように聞こえるかもしれないが、生理学、計算神経科学とは異なり、心理学においては、アメリカが日本を圧倒的に凌駕しているのは絶対的な事実である。これは、行動レベルの分析や知見が重要であろう、日本のシステム生理学者、計算神経科学者にとって、大きなマイナスであるに違いない。では、どうすべきだろうか?一つの方法は、理系、文系の枠を超えた認知神経科学科に該当するような学科を多く作り、理系の学生が心理学を行う路をより多く開くことであろう。少数であるが、東大や京大の元教養学部、教養学科には、改組前後にそのような学科ができ理系の教育を受けた優秀な学生が排出されつつある。第二の方法は、心理学の教育を受けた研究者がシステム生理学、計算神経科学者と交流を増やして、心理学者にとって本当に何が重要なのか、どのような方法が科学的なのかに理解を深めさせ、一方、システム生理学者や、計算神経科学者も心理学的な知見を深めることであろう。そのためには、指導的な科学者の下で、心理学者が、システム生理学者、計算神経科学者と一緒に働けるような研究室を増して行くことであろう。例えば、川人光男所長率いるATR の脳情報研究所はその成功の例である。外国にいて日本をみると、ジャーナリストのように、いろいろと批判したくなるのだが、「そういうあなたは、日本に帰って心理学を良くする努力をする気はないのですか?」と言われて、「私にはそんな力はございません。」と言ってしまう自分が世界一、腑甲斐無い心理学者かもしれない。

(出典)「生理学と心理学との垣根」 渡 邊 武 郎 日本生理学会雑誌Vol. 67,No. 9 2005

 


 

「心理学と脳科学の動機づけ研究の融合」   

(著者)村山 航

1.概要

本発表では、心理学の動機づけ(またはその周辺領域)研究を概観しながら、それらが脳科学の研究パラダイムにどのような影響を与えうるか(またはその逆)について、筆者自身の研究も交えて考察する。心理学の動機づけ理論というと、内発的動機づけ理論、達成目標理論、自己効力感理論、原因帰属理論、接近‐回避動機理論など枚挙に暇がないが、ここではそれぞれを個別に解説することはしない。話の流れに応じて、必要な部分だけを解説していく。

2.心理学の動機づけ研究から脳科学の研究へのsuggestion

動機づけという概念は一枚岩ではない。例えば、「○○が好き」ということ1つをとっても、内発的に好きなのか、外的な報酬と連合しているから好きなのか(内発-外発の問題; Deci & Ryan, 1985)という違いがあるし、また顕在的に好きだと言っていても潜在的には好きではないかもしれない(潜在-顕在の問題; Murayama, 2008)。Hedonic value から考えると明らかにネガティブなことを、好きだといって主体的に取り組む人もいる (hedonicvalue と eudaimonic value; Ryan & Deci, 2001)。そして、それぞれの概念に適切な指標が存在する。こうした概念の多元性は、モデルの構築や結果の解釈に大きな示唆を持つ。もちろん概念が多元的だからといって、筆者は報酬や価値が意思決定プロセスの下流でcommon currency として一元的に変換されることを否定するつもりはない (Montague & Berns, 2002)。しかし、動機づけ理論は、そうした最終的な「価値」を算出するモデルにどのような付加的なパラメータが必要なのか、ということに示唆を与えるだろう。例えば内発的動機づけ・好奇心という概念は、情報の探索行動にも何らかの主観的価値が伴っていることを示している。これは実際に近年の脳科学研究において、そのようなことを数理モデル化する試みが行われている (e.g., Daw et al., 2006)。また、外的報酬が学習者の動機づけを低下させるというアンダーマイニング効果(Deci et al., 1999) の研究では、報酬が必ずしもその行動の価値を増加させない(むしろ低下させる)可能性があることを示唆している。脳科学の研究で動機づけというと、上で述べたような「価値」の観点で論じられることが多かった (e.g., Niv et al.,2006)。しかし、動機づけという概念がもつインプリケーションはそれだけではない。例えば、動機づけは、その状態によって学習(認知)プロセスと大きな交互作用を生む場合がある。action orientation という動機づけ状態は、stroop 効果を大きく低減させることが示されているし (Jostman & Koole, 2007)、達成目標と記憶指標にも交互作用が得られることが示されている (Murayama, 2006)。課題に直面したときに、接近・回避どちらの動機を持っているかによっても、その人の課題のパフォーマンスは大きく違ってくる (Elliot & Harackiewicz, 1996; Higgins,1997)。また、動機づけは状況的なcue によって自動的に活性化し、行動に大きな影響を与えることがある。例えば,「達成」や「努力」の文字を見るだけで、知能テストの得点があがったという報告 (村山, 未発表)や、赤色を見るだけで、「赤色=赤点」のイメージによって回避動機が喚起され、知能テストの得点が低下したという知見がある (Elliot et al., 2007)。

3.脳科学の研究から心理学の動機づけ研究へのsuggestion

動機づけ概念の怖いところは,人間は実際にそのような動機づけが存在しなくても,人の行動につい動機を見てしまうことにある.上にみてきたように,人間の行動は多分に状況依存的であり,その場のcue の複数の相互作用によってphasic に発現したに過ぎないことも多い.にも関わらず,人はその行動に「動機」を付与・解釈してしまうのである (Mills, 1940).人間行動の観察に基づいて提唱された多くの動機づけ理論も,人間行動のなかに実在もしない動機づけを「捏造」している可能性がある.脳科学の方法論は,そうした動機づけの実在論に,結論を与えると言わないまでも,何らかの示唆を与えるだろう.実際のところ,心理学の動機づけ理論は,多くの似たような理論が乱立しているのが現状であり,そうした類似概念の整理に,脳科学の寄与するところは大きいと思われる.また,脳科学による研究の発展が,これまでの動機づけ理論にはなかった新たな動機づけカテゴリを与えてくれる可能性もある.例えば Berridge による liking と wainting の区分 (e.g., Berridge, 2003) などは,これまでの心理学の動機づけ理論にはみられなかった現象の区分けであり,心理学の行動実験にも取り入れる必要性が大きいだろう.

【Questions for future research】

  • 動機づけが学習をどのように直接modulate するのか,またその神経機構の解明
  • 動機づけ概念の数理モデル化
  • 感情と動機づけが区別して概念化できるのかを検討すること

 

(出典)平成20 年度 生理学研究所研究会 「認知神経科学の先端 動機づけと社会性の脳内メカニズム」要旨集 ver. 2 (20080825)